チェーホフ『三人姉妹』

チェーホフでは『桜の園』が一番のお気に入りなんですけれども、『三人姉妹』は１度挫折したことがあるので読みなおしてみました。こんな薄い本でどうして挫折したんだか。陰気は陰気なんですけど、でもチェーホフでそんなに明るい話ってないですしね。

モスクワから遠く離れた田舎の町に暮らす３姉妹。1人は教師と結婚して何年も経つ。父上が将軍だったので、財産はあるし、十分な教育も受けた人たちです。しかし、そんな知識はこの田舎の生活では役に立たない。要らない知識なんてありますか、と一笑する人もいるけれども、３姉妹は、労働者の生活に憧れを抱いていて、そしてもっと欲を言えばモスクワに帰りたい。彼女等には末に弟がいて、学者を目指しているけど、どうもメランコリックになり、近所のナターシャと結婚することにする。

このナターシャ、前半は、お嬢様３姉妹のペースについていけずにおどおどしているのですが、結婚するなり本性を現したように厚かましくなります。末の弟の嫁という立場が一体そんなに偉いのか！？日当たりのいい部屋はうちの息子に譲ってよ、とか、使えない８０歳のばあやを解雇しないの？とか、言い出す。３姉妹は反撃しないため、どんどんナターシャを増長させ、結果としてナターシャの夫である弟も全くの俗物になっていく。そしてこんなナターシャに代表される現状満足主義態度こそが、３姉妹の「生活」への夢をぶちこわしにし、出口を遠ざけていく。

ばあやをクビにしないで、オーリガ（長女・２８歳）がナターシャにメチャクチャ言われているシーンでは、私はそこに割って入って、ナターシャを黙らせてやりたかった。オーリガたちは育ちが良いので、そんなの嫌だと悲しくなるだけで、孤高の人になってでも自分の主義を貫くということができないのです。

イリーナが男爵との結婚を決意し、将来の展望を語ったとき、チェブトゥイキンが言うセリフ；
「あなたは遠くへいってしまわれて、追いっつけない。わたしはあとに取りのこされた、老いこんで飛ぶことのできない渡り鳥のように。飛びなさい、わたしの可愛いひとたち、飛びなさい機嫌よく、気をつけて！」
――は、ト書きの風景描写と重なって、本当に彼女が「飛び立とう」としているようで、気持ちがよかったです。そして、飛んでいこうとした鳥の１羽である男爵が決闘で殺され、イリーナと姉妹が取り残される終盤は、渡り鳥が間違って降りた工場排水のヘドロに足をとられ、もがいても飛びたてない様子そっくりだと思いました。

前に舞台中継を見たことがあります。日本を舞台にしてあり、モスクワが東京、姉妹がいる田舎の都市が金沢になっていました。雪が深そうだというのは雰囲気があるけど、舞台が日本になると急に何かが矮小化。しかし逆に浮かび上がって感じられたのが、3姉妹の貴族的な性質が現実生活において行かれていることにくわえ、モスクワがはるかに遠い（距離と、そこを離れて１１年もたつという時間的な遠さ）ということがこの戯曲の悲劇の柱だろうということでした。